スポーツは、もっと世界の社会問題解決に貢献できる(GEI有志会レポート)

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)第53回】
スポーツはNGOも国家権力も越えて、もっと世界の社会問題解決に貢献できる~FIFAコンサルタント・杉原氏とFIFA紛争解決室仲裁人・山崎氏とのセッション

つい先日、グローバル・エンゲージメント・イニシアチブ(GEI)有志会が開かれた。

前々回の稿(予告編)で案内したように、今回のテーマは、「スポーツは、NGOも国家権力も越えて、もっと世界の社会問題解決に貢献できる」というものだ。今回の稿で、内容の概略を共有したい。

スピーカーには、現在FIFA(国際サッカー連盟)に携わっている、つまり、世界のサッカーの環境づくりをリードしている人と言っても過言ではない2人に来てもらった。1人は、世界に10人しかいないFIFAコンサルタントの杉原海太さん。もう1人は、弁護士で、FIFA紛争解決室仲裁人の山崎卓也さんだ。

山崎さんの話は、「社会的課題解決プロデューサーとしてのスポーツ」というものだ。

そもそも、スポーツが社会的課題解決に貢献できる、という話ができる時代が来るとは、かつて想像すらできなかった、という回顧から話は始まった。以下、私なりの理解で山崎さんの話をまとめてみようと思う。

我々が子供の頃は、スポーツなんて、単なる趣味、あるいは、体育教育の一環にすぎなかった。プロの世界でも、15年前当時でも、スポーツ界には“人権”すら存在しなかった。しかし、そんな中で、何がスポーツの位置づけを変え、そして、何がスポーツを社会的存在たらしめたのか。3つの要因(原動力や背景)について触れたい。

1.国際スポーツ団体の持つ「価値実現力」
国際スポーツ団体は制裁権を持っているがゆえに、国際的なレベルでとてつもないことが実現できる能力がある。例えば、サッカーの世界では、FIFAは、世界の211ヶ国・地域のサッカー協会に、「Aをやりなさい」と言って実現できる。歯向かったら国際試合ができなくなる、W杯に出れなくなるので、必ず従わざるを得ない。話を聞かないなどあり得ないのだ。

この力は、国家を超えるほど、強力な破壊力を持っている。例えばインドネシアで選手の給与の未払いの問題があったため、政府が乗り出し、給料未払問題を抱えているクラブに制裁を課したことがあったが、FIFAがこれについて、「国家からの不当な干渉」であるとして、逆にインドネシアサッカー協会に制裁を科したため、政府がその制裁を解除せざるを得なくなったということもあった。同様に強力な国際スポーツ団体であるIOC(国際オリンピック委員会)も、ドーピングや、アンブッシュマーケティング対策の法整備を五輪招致の条件としているため、五輪招致をしたい国家は新法を作るなどの対応をせざるを得なくなるのである。ここまで来ると、国家よりも強力な権限が与えられているみたいなものだ。

浦和レッズでは、サポーターが「Japanese Only」という旗を掲げたことが原因で、人種差別に対する制裁として無観客試合を行ったことがあった。クラブとしては1試合の収入を失うインパクトは大きく、旧来のJリーグのルールであれば、そこまで厳しい制裁になることはなかったであろうが、2013年に、FIFAからの指導によって、Jリーグが、FIFAの制裁基準に沿って制裁を科すよう規則改正をしたため、重い処分になったということだ。

こうした力は、いい方向に使われると、世の中をよりよい方向に向かわせることができ、素晴らしいことに貢献できる。しかし、逆に間違った方向に使われることを思うと、とても怖くもなる。

2.サステナビリティとグッドガバナンスの時代
そもそもスポーツ団体なるものは、かつては、“人の言うことなど聞かない”団体、すなわち、人の言うことを聞かなくてもよい団体であった。スポーツは法とも無縁だった。そして、周囲から何を言われようが、元々趣味かせいぜい体育教育の存在なので、「やりたい放題」だった。

普通、一般企業であれば、消費者や労働者の言うことを聞かないわけにはいかない。そもそも法律を守らないわけにはいかない。しかし、スポーツは特殊で、その特殊性ゆえに、普通の法律も適用されにくいという特殊な状況にあるのだ。

プロ野球で2000年当時、代理人制度の導入に自分も奔走したが、野球界では「選手の声を聴く」というスタンス自体がなかったのだ。「代理人を連れてきた選手はクビだ」とまで言われた。たかが選手の分際で、という言葉まで吐かれた。スポーツ紙も、「ナベツネ吠える」と言って面白可笑しく書くだけだった。それが、2004年のストライキ以降、すっかり変わった。今では、メディアも選手会の言うことをしっかり書いてくれるようになった。

しかし、まだまだ多くの競技団体は、スポーツの世界は法律とは無縁だという考え方であるし、外から言われたからといって聞き入れるスタンスにはない、古い体質を残したままだ。FIFAですら、既得権益の旨味やお金の旨味から、なかなか自浄作用を働かせられないでいる。

そこで重要になるのが、スポンサーの役割だ。スポーツ団体をまともにできる、大きな力を持っているのはスポンサーであることを皆が自覚する必要がある。例えば大相撲の八百長は、NHKが放送しないという制裁を課すことで、浄化に動けた。国際陸連の不祥事も、アディダスがお金を払わないとしたことで、少なからぬインパクトを与えている。

スポンサー企業にうるさいことを言わせることで、国際スポーツ団体組織を健全にし、そして、スポーツを社会課題解決に誘うことができるはずだ。1社では国際スポーツ団体に物申す勇気がないという企業があっても、スポンサー企業間で連携すればよい。

最近、スポーツの世界でインテグリティとサステナビリティという言葉がよく言われるようになったが、この2つは似ているようで少し異なる。インテグリティは、即ち、ドーピングをしない、八百長をしないといった意味で、スポーツにおける商品である試合の価値である試合の予測不可能性を維持するということに主に着眼したものであるが、サステナビリティは、スポーツを支える団体の運営が持続可能な形で行われるという点に主に着眼している。

例えば、ロンドン五輪の際、IOCはオリンピックに関わる企業には、「サプライチェーンに関わるすべて人が人権侵害をしていない」ということを求めた。Tシャツなどのグッズは東南アジアで作られるが、違法な就労、とりわけ児童労働がないか、労働者の人権を尊重された環境かといことをチェックするプログラムを作り、契約時に保証を求めるとともに、きちんと守られているかどうかを事後的にチェックするシステムまで導入された。

こうしたことによってスポンサー企業のスポンサー価値も維持され、長くスポーツを支えていけるサイクルが回ることになる。

スポーツは、「やりたい放題」から、「長く続けることのできる仕組み」作りに移行しつつあるのだ。

3.スポーツの影響力がもたらす新たな価値
コンプライアンス(法令順守)というのは、言わば、「タバコ吸うな、酒飲むな、死にますよ」と言われているようなものだ。分かっちゃいるけど、やめられない。そう言われてもなかなか取り組めないのが人情だ。そうではなくて、「タバコ吸わないと、やせますよ、むしろもてますよ」と言われた方が、積極的に禁煙・禁酒に取り組めるのではないか。

これと同じで、スポーツには、社会をよりよくできる力と、それを実現する力がある。ならば、言われてやるというスタンスよりも、社会的価値実現をスポーツが自分から言って実現する方がメリットが大きいという発想が重要な時代になってきている。

そして、時代はCSRではなくCSVが言われるようになり、社会的価値の創造と企業の利潤を同時に追求する時代になった。社会にいいことをすることで本業も儲かる、という発想はスポーツと親和性が高く、スポーツはCSVツールとしてとてもマッチするのだ。

スポーツがCSVを追求でき、国際企業や国際NGOとは違ったインフルエンスをもたらすことができると信じるのは、スポーツが2つの機能を持っているからだ。

1つ目は、アンプ機能(広める)。一般企業ではとてもできない広がりをスポーツは生むことができる。2つ目はボンド機能(きずなを深める)。一般企業ではとても結びつけることができないきずなをスポーツは築くことができる。

先に述べたルール執行力に加え、このアンプ機能・ボンド機能で、他にはできない、NGOにも国家権力ですらできない社会価値の創造をスポーツはできるので、皆でその可能性を追求しようではないか。

(次回 後篇に続く)