【安田太郎】「あきらめずドアを蹴破れ!」

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—安田さんがはじめて海外で仕事をしたのは?
中国です。以前にヤオハンに勤めていたのですが、中国で働く日本人の同僚達が、ものすごく楽しそうだった。日本では見せないような顔をして、生き生きと仕事をしているのを見て、自分もいつか中国で働きたいと思っていました。ただ、自分はもうすこし実力をつけてから海外に行こうと思っていましたので、海外勤務の募集には手を挙げませんでした。そうこうするうちにヤオハンが経営破たんに陥ってしまい、海外勤務のチャンスはなくなりました。これはもう自分で中国に行くしかないと決め、まずは留学目的で上海に渡りました。

行ってすぐ、なぜ同僚達が揃いも揃ってあんなに生き生きしているかよくわかりました。生き生きしてないと生きていられない場所なんです。「生き生きする」というのは文字通り「生きる」ということで、「明日の飯を自分で作る」ということ。中国で働く人たちは、ハングリーさが違いました。いい意味で「生き生き」、あえてネガティブに言うと「がめつ」くないと、生き残って行けない社会だったのです。

最初の職場は日系の人材紹介会社でした。中国人と日本人が半々の10人程度のオフィスで、そこでアルバイトをしながら、徐々に中国人気質、中国ビジネスというものを学んで行きました。

—そんな中で生き残って行く為にはどんな心構えが必要でしょうか?
まず、そもそも用意されたレールや道というものが無いということ、これを常に念頭に置くことだと思います。「こうしたら、こうなる」という絶対的な法則はない。道はどこにもない、だったら自分で作る、という心構えが必要だと思います。よく「ドアを蹴破る」という言い方をするのですが、例えば、自分が進みたい方向に必ず通らなければならないドアがあって、そのドアに鍵がかかっているとします。生きるためには進まざるを得ない。そこでまずノックする。内側から開いてくれなければ、もう一度ノックする。それでも無視されるのであれば、開いてくれるまでノックし続ける。それでも開かない場合は、もし本当に「生きたい」方向なのであれば、蹴破るのです。そうしなければ生きられないから。怖いとか格好わるいとか言っているヒマはなかったんです。

—その力は前から持っていた?
こういった力は、誰もが持っているものだと思います。蹴破れるかどうかはそのスイッチが入るかどうかだけ。私の場合は中国という環境がそのスイッチをいれてくれました。ただ、中国にいても大きな組織にどっぷり浸かっていたらできなかったかもしれません。恵まれた駐在員だったら、「ここでダメでもまあいいか」となるし、家をなくす心配も、仕事をなくす心配もないわけですし。少なくとも私自身がそういう駐在員の立場だったら、スイッチは入らなかったと思います。

もちろん日本にいても「このままでは、今のポジションはなくなる」と、背水の陣を敷いてスイッチを入れる人もいるだろうし、スイッチが入るきっかけはその人それぞれだと思います。

—安田さんが蹴破った例は?
私は、その人材紹介会社で最初アルバイトでした。27歳で留学先の大学を卒業すると同時に契約社員にして欲しい、と頼んだところ、会社は私の働きぶりを認めてくれていましたが、「安田さん、残念だが今はポジションがない。うちは人材紹介会社だから、他社にだったら紹介はできる」と言われました。しつこくねばると「そこまで言うなら、では新規ビジネスを提案してください。それが認められたら採用しましょう」と言われました。そこで当時、留学先の大学で優秀な学生が就職できず困っている状況を肌身で感じていたことと、アルバイトしながら多くの日系企業が優秀な学生を採用したがっていることを知っていたので、「学生のレジメを集めて、一枚のフロッピーディスクにデータをまとめ、中国の日系企業全社に送る」というビジネスを立ち上げることを提案しました。結果、めでたく契約社員として採用されることになったのです。

—苦労したことなどは?
沢山あります。中国で働いていると、驚くこと、腹が立つことにたくさん出会います。目の前でミスしたのに「自分じゃない」という。平気でお金をだます。支払いをしない、人を紹介して採用されて請求書を送っているのに、入金されない。それも大手の日系企業の日本人がそんなことをするんです。翌月入金する約束なのに、電話を何回してもダメで、思いきりきつく言ったら、3ヶ月たってやっと入金されました。こういったことが私だけでなく、私の周りでも頻繁にありました。

とにかく、ひとつひとつ主張しないと動いて行かないんです。契約通りなんて、誰もしない。なめられるところは、なめてくる。丁寧に言っても通じません。怒っているということを伝えないと。そして、なめられないようにするだけでもダメです。中国人、中国文化を理解して、対応するようにすることが必要。

最も有効なのはその国の言葉を勉強すること。中国語を通じて、中国人、中国文化、歴史を深く学ぶことができます。どこが同じで、どこが違うのか。学べば学ぶほど基本的な部分は全く同じということがよくわかります。

—どのように対応?
たとえば「謝らない中国人」に辟易している日本人は少なくないと思います。

仕事をお願いしたら「できます!」「大丈夫です!」というので任せてみるが、いくら待っても全くできていない。そんなことが重なるのでじっくり話を聞いてみると、そもそも頼まれた仕事自体を理解していない。しかし、問いつめても、謝るどころか、あれこれ言い訳ばかり。

私もあの頃は、こういった言動ひとつひとつに悩まされ、腹も立てていました。しかし、今振り返れば、中国人にとっての「謝る」ことの意味が、我々日本人とは全然違うことが理由だとわかるんです。

中国は、軽い気持ちで謝ることのできない社会なんです。多くの中国人の価値観として、謝る=勝負に負ける=すべての責任を負う、という考え方があり、軽い気持ちで「謝る」ことは難しいのです。さらに中国では、ダンアン(档案)という一人ひとりの情報ファイルを共産党の管轄組織が管理しています。このダンアンには、出生地、生年月日、民族、職歴、犯罪歴をはじめ、両親の職業や思想面の問題等について細かく記載されていきます。ちなみに、本人は見ることができず、見ることが許されているのは、国営企業の人事部長等、一部の人に限られています。ある国営企業に勤める人事部長は、自分のダンアンを初めてみた時、小学校時代の通知表や反省文などが入っていたことにとても驚いたといいます。つまり、ダンアンには、成績表はもとより、小学校時代の反省文など、様々な情報が細かく管理されており、一度自分の非を認めれば、その物的証拠が一生つきまとう社会なのです。非を認めること、「謝る」ことは、日本人が想像する以上に非常に重いもの、との認識があります。

日本人にとっての「謝る」は、仮に謝ったとしても、全責任を負うことはあまりありませんよね?むしろ「謝る」ことで、ミスが自分に原因があるということを認め、今後同じことが起きないように最善を尽くすという姿勢を示したことにつながり、比較的よい印象を残します。日本人にとって、まず「謝る」ことで、ミスを自覚し、今後同じミスを繰り返さないための姿勢ができると考えますが、中国人は違うんです。逆に中国人から日本人を見ると、「何でも謝ってばかり。謝ったら済むと思っている。責任を取らない、いい加減なひと」と映ります。

自分たちが相手からどう見られているか?自分が相手をどう見ているのか?これも相手の言語で話さなければ本質的なことは見えてきません。一にも二にも、相手の言語を学ぶ、これを避けては決してグローバルで仕事はできません。死にもの狂いでやるしかありません。これが日本人が蹴破るべきドアの一つだと思います。

―これからグローバルリーダーになろうとする人たちへのアドバイスは?
できるだけ早い段階で「マイノリティ体験」をすることだと思います。

私は11才までタイで育ち、子供の頃からマイノリティとして生きてきました。そして日本に戻ったときも、日本の子供たちにとけ込むまで、マイノリティとして扱われました。しかしこの「マイノリティになる」という体験が、特に日本人には、きわめて大切だと思います。異文化の中で感じる、寂しさ、つらさ、しんどさ。そんな状態の中でどうやって生き抜くかを考える。このマイノリティ体験は、グローバル環境で生きるためには絶対必要です。当たり前のことですが、日本人は、世界でマイノリティですから。その当たり前のことを体で理解する必要があります。

実は、現在、中国、ブラジル、アメリカ、韓国、タイ等で組織の成果を上げている日本人リーダーに個別にインタビューをさせていただいています。いくつか共通していることがあり、例えば、自分(強み、弱み・特徴)にしっかり向き合うこと、言行一致を徹底すること、相手の文化をまず受け入れること、ロジックとパッションで伝えること、常に透明性と公平性を確保すること、決めたことを「しつこく」実践すること、何が起こっても肯定的に捉えること、そして、周囲への愛情をもっていること。基本的に、ほとんど日本で学び、高めることができるものばかりで、且つ今この瞬間から始め、高めることができます。中国に行くといろいろな場所で「从今做起、从我做起」というフレーズを目にします。「今から始める、自分から始める」という意味なのですが、とても好きな言葉です。