【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発:松村卓朗】第48 回サッカーを通じて見えるシリアの難民問題~間もなく迎えるW杯アジア予選の対シリア戦を前に考える~

matsu_seminar先日、ハンガリーの女性が、セルビアとの国境を超えて押し寄せる難民にわざと足をかけて転ばせる映像がニュースで流された。テレビのニュースで映像が繰り返し流されていたので、記憶に新しい方も多いと思う。この女性TVジャーナリストの非道な行動には世界から批判が集まったと聞く。
この映像で転ばされているシリアの男性がこのほど、スペインでサッカーコーチの職を得たということを耳にした。このシリアの男性はモフセンさんといい、シリア1部リーグの強豪アル・フトワを率いていた指揮官だったことが判明したらしい。つまり、サッカーのプロクラブの監督だったということだ。(出所:Soccer King 2015年9月17日号)
災い転じてというべきか、この映像が流されたおかげで彼は有名になり、スペイン・マドリードのサッカー監督養成学校が仕事のオファーを提示したというのがことの経緯のようだ。モフセン氏を雇用したディレクターは、「最も重要なもの、住居、食事、服、そしてコーチとしての仕事を提供します」とコメントし、モフセン氏は7歳と18歳の息子とも合流し、家族そろって新しい生活をスタートさせるということだ。マドリードで幸せな生活を送ってほしいと思うし、近い将来、是非ともスペインリーグのどこかのクラブの監督として世に出てきてほしいものだと思う。

シリアではいまだ内戦が続いていて、多くの難民が母国を出なければならないという状況であることは連日報道されるニュースで伝えられていたので、もちろん知ってはいた。
しかし、このモフセンさんのニュースを通して、プロサッカーの監督までもが難民として身一つで外国に逃れなければならない現状をあらためて知らされることになり、その事実に私は少なからず衝撃を受けた。

調べてみると、将来が嘱望されるサッカーのシリア代表選手も難民になっていることが分かった。
昨年タイで行われたU-16アジア選手権で、シリアはベスト4という輝かしい躍進を見せた。そのチームの大黒柱の主将のモハメド・ジャドウ選手(17歳)が内戦を避け、家族らとともに国外に脱出したというのだ。
現在はオーストリアとスイスの国境に近いドイツのオーバーシュタウフェンという町で難民として暮らし、週3回、同国5部のチームで練習をさせてもらっているという。
シリアはアジア選手権で4強に進出したので、今年チリで開催されるU-17W杯への出場権を得た。若くて才能あふれる選手を発掘できる機会なので、私自身も楽しみにしているが、この大会にジャドウ選手が出ることはないのだ。
U-17W杯で活躍すれば、世界のビッグクラブへの道が開けるわけで、ここで活躍することは将来のステップアップに直結している。しかしジャドウ選手は、その夢の道を一旦遮断して、まずは「生きる」という道を選ばざるを得なかったようだ。
ジャドウ選手は、現在暮らす場所に落ち着くまでに、約5600キロの距離を2カ月もかけて旅してきたという。その過程のすさまじさは想像に絶するが、以下に、新聞記事から一部抜粋して紹介したい。

ジャドウ選手も他の国に生まれたサッカー少年達と何ら変わらず、サッカーに明け暮れる日々を過ごしてきたが、シリアでは騒乱が激化するにつれ、サッカーをすることが困難になってきた。所属クラブのバスは2度も襲撃され、サッカー場を爆破されたこともあったという。反政府勢力からは「代表チームでプレイすることは、大統領の味方だということだ」と脅迫を受けた。
ジャドウ選手の父は自宅を売却し、1万3000ドルの資金を捻出。陸路でトルコへ密入国し、さらに船で5日かけてイタリアへと渡った。
密入国者であふれていた船は沈没しかけ、重量を減らすため、持ち物はすべて海へ投げ捨てた。「入ってくる水を手でかきだし続けた。だから1秒たりとも眠れなかった。もし寝たら、溺れ死んでいただろう」とジャドウ選手は語っている。
船がイタリアの海軍に発見されてイタリア入国を果たすと、残っていたお金をすべてミラノの密入国業者へ支払い、車でミュンヘンに渡った。そしてオーバーシュタウフェンへとたどり着いた。
ジャドウ選手を練習に招いたプロチームのコーチは「ウチの選手たちは驚いて『次のシーズン、絶対に彼を獲得すべきだ』と言っていた」と話す。すでにブンデスリーガのクラブからも「ジャドウを見たい」と興味を示されているという。
苦労のかいあって、ジャドウ選手の人生は少しずつハッピーな物語へと変化してきている。ただ、シリアにはまだ母親らが残されており、ジャドウ選手自身もドイツでの公聴会の結果いかんでは、同国で暮らせなくなる可能性もあるという。
(引用:日刊スポーツ2015年7月26日号)

このような最中であっても、来月10月8日にはロシアW杯のアジア予選で、日本代表がシリアと対戦することになっている。本来はシリアのホームゲームなのだが、依然シリアの国内情勢が不安定なので、試合は中立地オマーンでの開催が予定されていている。
サッカーをすること自体、とりわけ代表として試合を行うのは、シリアの代表選手たちにとっては文字通り命がけだということを、観戦する私達も忘れてはならないと思った。
こうしたニュースを耳にする度に胸が締め付けられる気持ちになる。才能あふれ将来が嘱望されるサッカー選手達が、何の不安もなくサッカーに没頭できる日が、一刻も早く彼らに訪れてほしいと願う。そう思う人は私だけではないだろう。
ハリルジャパンの対シリア戦のキックオフは10月8日の日本時間22時だが、そのキックオフの前に池袋で、JENが、【チャリティイベント「サッカーから難民を考える」-シリア対日本戦記念】を行うようだ。JENは弊社のファウンダーの黒田が理事長を務める、紛争や災害等の被災者・難民への、緊急・復興支援や自立支援などに取組む国際NGO団体だ。この機会にサッカーから難民問題を考えようと思う人は、是非足を運んでみてほしい。