目指せグローバル才女!薫子の「飛んだ人生」〜チャンスの波を捉えた瞬間

keikoS_jpg皆様、こんにちは、薫子です。

いやー、先週、今週と怒涛のような日々を送っておりました。というのも、仕事が忙しい真っ最中に、パソコンが壊れてしまったからです。仕事・プライベート共に、いかにパソコンに依存した生活を送っているか、身にしみて感じました。

怒涛のような日々を何とか乗りきり、私は今日から2週間の休暇をとってスイスに行ってきます。パソコンからもインターネットからも離れて、スイスアルプスの山々を歩くのが楽しみです。後30分で家を出て空港に向かうという状況の中で今回のコラムを書いております。(何でいつもこうギリギリになってしまうのかしら。。。)

キャリアチェンジのため(そして、真の目的は会計士の勉強で犠牲にした青春キャンパスライフをやり直すために)、私は2003年8月にバークレーのビジネススクールに留学しました。インターナショナルハウスという学生寮に入り、青春の甘さも苦さも嫌というほど体験できました。ビジネススクールということなので、ファイナンスやオペレーション、統計学などひととおり取りましたが、こういった数字を分析する分野よりも、組織行動やネゴシエーション、リーダーシップなど、人にかかわる分野のほうに興味がありました。2年目は、ビジネススクールの授業がつまらなくなってきたので、バークレーの学部の授業にもぐりこみ、性格心理学や、ジェンダー学、日本の仏教に関する講義などを聴講していました。

日本では落ちこぼれ会計士でしたが、公認会計士の資格のおかげでAccountingの授業を受けずにすみ、その代わり、夜に社会人学生と一緒に受けるGlobal Managementという授業を取ることにしました。このクラスは、異文化の環境でどうやってビジネスを行っていくかというテーマを扱っていました。アメリカ人クラスメートの中で今ひとつリーダーシップを発揮できずに悩んでいた私は、この授業を担当し、異文化コンサルティングの会社の創立者でもある教授に相談してみました。そのときに得たアドバイスどおりに動いてみたら、驚くほど成果が出たので、「異文化コミュニケーション」という分野への関心が強くなりました。ビジネススクール卒業後は、教授が経営している会社で働いてみたいと思いつつ、そう単刀直入に頼んだら失礼じゃないかと思って、「先生のような仕事をしたいのですが、業界のことを教えていただけますか?」と教授に尋ねてみました。日本に長年住んでいて日本人の遠まわしな言い方もよく理解している教授は、すぐに私の本音を見破り、ニコッと微笑みながら「私の会社に履歴書を送ってみなさい」と言ってくれました。

私の人生のカヌーが、チャンスの波を正面から捉えた瞬間でした。ここから異文化コンサルタントとしてのキャリアが始まったのです。

と、ここまで書いたら家をでる時間になってしまったので、続きは次回のコラムにて!それでは皆さん、スイスに行ってきます。