目指せグローバル才女!薫子の「飛んだ人生」〜人間万事塞翁が馬 30歳での新たな旅立ち編

keikoS_jpg
皆さん、お久しぶりです。薫子です。

前回のコラムで、

==========================================================
入社3ヵ月後に「あなたはうちの会社に合いません」と宣告されてクビになった。
人生初のクビ宣告を受けた2001年9月11日、呆然として帰宅したら、テレビでニューヨークのワールドトレードセンターが爆撃される映像が写っていた。世界が暗黒の時代を迎え、私自身の将来もお先真っ暗に思えた時代であった。(続く)
==========================================================

と書いておきながら、続いておらず、コラムが暗黒のままで終わっておりました(汗)。

 

6月は日本出張で忙しかったのですが、7月に入り、二歳の息子が毎日Pre-Schoolに通うようになって、ずいぶん時間の余裕が出来ました。週末は仕事をしないで休めるようになり、夫婦喧嘩もかなり減りました。仕事と家庭の両方を良好にまわしていくためには、お金はかかってもPre-SchoolやCleaning Serviceなどの外部のサービスを利用して、心の余裕を保つことが重要であることを実感している毎日です。

7月下旬にミネソタ州の湖に行き、一人乗りのカヌーを漕いでみました。夕暮れ時、風が強くて湖が波立つようになると、カヌーは一向に自分の進みたい方向に進んでくれません。必死に漕いでも疲れるだけです。こういうときに取る方法は二つ。一つは波に真正面に向き合って漕ぐ。真正面の角度だと、波を乗り越えて進んでくれます。もう一つの方法は、波にさからって進むことをやめ、波にカヌーを預けてみる。こうするとスイスイ楽に進みます。

私は20代の殆どを、波とは斜めの方向に必死にカヌーを漕いで過ごしていたような気がします。本当に自分が興味ある分野はおぼろげながらわかっているのだけど、商学部、公認会計士と築き上げてきたものを無駄にするのはもったいないので、何とかそれらを活かせるキャリアを探すんだ、ということで斜めに進もうとしていました。疲れるわりに一向に進まない日々でした。

人事コンサルティング会社をクビになり、バシャンと湖の中に放り出された私は、そこで初めて、波と真正面から向かい合う決心がつきました。その先に何があるのかはわからないけど、私がずっとやりたかったこと、それは海外に出ることでした。それも、資格取得のために「青春キャンパスライフ」を満喫できなかったという苦い後悔を引きずっていたため、海外で青春キャンパスライフをやり直す、というのが私の夢だったのです。そのとき薫子既に29歳。青春キャンパスライフをやり直すにはちと年齢がいっている。。。しかも、青春キャンパスライフの後にどうするのかも全くわからない状態でしたが、とりあえずMBA留学の準備を始めました。

両親は大反対でした。30近くになって何を血迷っているのか。会計士という安定した職業を捨てて、1千万円以上の費用をかけて、留学する価値は無い。そんな無駄なことするより結婚しなさい。確かに両親の言い分も一理あるけど、ここであきらめるとずっと後悔を引きずりそう。同じ後悔するなら、やらないで後悔するより、やってから後悔したほうがいい。費用は全部自分が出すし、自分の人生だから自分で決めるときっぱり宣言して、留学を決意しました。

1年後、アメリカのビジネススクールのいくつかから合格通知をもらいました。どの学校も素晴らしくて迷ったのですが、最後は直観に従い、青空と輝く太陽が印象的だったバークレーに留学することに決めました。(このときの直観での選択が、これから後の人生に大きく影響してくるのです。。。)

生活の場はインターナショナルハウスという学生寮。青春キャンパスライフの舞台としてぴったりです。2003年8月、30歳での新たな人生の幕開けでした(続く)