目指せグローバル才女!薫子の「飛んだ人生」〜 他人に迷惑をかけてはいけない?

こんにちは、薫子です。

先日、息子を保育園に迎えに行きました。帰りのバスはサンフランシスコにしては珍しく、とても混んでいました。息子はいつもなら座席一つ確保してゆったり座れるのに、私の膝の上に座らざるを得ないことが不満なのか、泣き出しました。混んだ車内に響き渡る息子のつんざくような泣き声。。。私は冷や汗をかきながら必死であやしましたが、私の焦りを察してか、泣き声はいっそう大きくなるばかり。足もバタバタ動かすので、隣に座っている人の膝に息子の足があたってしまい、「本当にごめんなさい」と謝りました。

すると、隣に座っていた初老の女性は「私にも同い年くらいの孫がいるんですよ」と話しかけてくれ、息子をあやしてくれました。ふと気付くと、向かいに座っている人も息子に向かって手を振ってくれたり、面白い顔をしたりして、あやしてくれています。息子は泣き止んで笑顔になりました。バスを降りるときは乗客の一人がさっと荷物を持って降ろしてくれました。「皆、親切にしてくれて嬉しいね」と息子に話しかけながらの帰り道、心がほっこり温かくなりました。

Facebookで15万以上の「いいね!」がついた記事を思い出しました。

赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。」

赤ちゃんにきびしい国」のつづきとか補足とか〜12万いいね!の理由〜

私自身、独身で子供がいなかったときは、飛行機で近くに泣き叫ぶ赤ちゃんがいたりすると、「今回は運が悪かった。。。」とがっかりし、電車やレストランで泣き叫ぶ子供に遭遇すると「何て迷惑なんだろう」と眉をひそめていました。自分が母となって初めて、赤ちゃんはどうしても泣きやまないときがあることを知りました。

集団の和を重んじる文化を持つ日本には「他人に迷惑をかけてはいけない」という価値観が強く根付いています。電車、バス、レストランなどにはゴミ一つなく、携帯電話の通話は禁止され、静かで綺麗です。電車、バスは時間どおりに動きます。日本が世界に誇る国民性のたまものです。その一方、この国民性が、他人に迷惑をかけてしまう行為や存在に対して厳しい社会を生み出しているようにも感じます。

サンフランシスコにはたくさんのバスが走っていますが、時刻表はあってないようなものです。車椅子の人がバスに乗るときは、運転手がステップの下げ上げをして、6人くらいの人を立たせて、椅子をたたみ、その空間に車椅子の人を入れます。そのプロセスに5分くらいはかかりますので、バスはどんどん遅れていきますが、誰も文句を言いません。車椅子の人も申し訳ないといったそぶりも見せず、堂々とバスに乗ってきます。

友達や知らない人どうしで大声で話していたり、携帯で話していて、車内もワイワイガヤガヤしています。最初は「うるさいな。日本のマナーを見習って欲しい」と思っていましたが、自分の子供が泣き叫ぶようになってからは、ワイワイガヤガヤしている車内のほうが泣き声が目立たなくていい、と思えるようになりました。

アメリカ人は、よくも悪くも「人目を気にしない」ため、日本と比較するとマナーがなっていない人も多く、私は長年、アメリカのこういうところが嫌でたまりませんでした。でも子供が生まれてから、自分の力ではどうしようもなく、周囲に迷惑をかけてしまう事態を何度か経験しました。そのときに、冷たい視線を浴びせられたのは日本で、助けの手を差し伸べてもらえたのはアメリカでした。

以前からコラムに何度か書いていますが、日本は政府が国をあげて少子化対策を取っていますので、出産・育児に関する制度はアメリカよりもずっと充実しています。それにも関わらず、子供が増えない、ワーキングマザーが増えない原因は、制度自体ではなく「他人に迷惑をかけてはいけない」というマインドセットにもあるような気がします。

他人に迷惑をかけてはいけないから、子供が小さくても時短で働けない。他人に迷惑をかけてはいけないから、子供が病気でも会社を休めない。他人に迷惑をかけてはいけないから、子供が生まれたら仕事を辞めて育児と家事に専念しなければならない。他人に迷惑をかけてはいけないから、仕事を続けたいなら子供は産まない。

他人に不都合を生じさせる行為や存在に対する冷たい視線は、そのまま、異質なものを排除する国民性につながっていくように感じています。他人に不都合を生じさせる存在も受け入れてあげられるマインドセットこそが、多様性を育む土壌になるのではないでしょうか。

P.S.
今日バスに乗ったら、車内で歯を磨いている人がいました。。。丁寧に手鏡まで使って。さすが多様性の国、アメリカ。でも、さすがに、ちょっとは人目を気にしてもいいんじゃない、と思ってしまった日曜日の午後でした。