【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発:松村卓朗】:第29回 選手をチームにつなぎとめることはできない~移籍を自由化するサッカーのグローバルルール~

matsu_seminarW杯まで残り7か月となって、日本代表のエース本田圭佑選手の移籍問題が話題を集めている。この冬、4年間所属したロシアリーグのCSKAモスクワから、イタリアの名門ACミランへの移籍がほぼ確実になっている。

慣れ親しんだチームから、W杯直前に移籍するのは、リスクのある選択ではある。新チームに馴染めず、出場機会に恵まれず、そのまま悪いコンディションでW杯本番を迎えてしまうというシナリオだって大いにあり得る。しかし、本田選手には、是非とも超ビッグクラブへの移籍を実現してもらって、W杯はその一員として迎え、大いに活躍してもらいたいと願っている。

ところで、選手の移籍にあたっては、高額な移籍金がよく話題にのぼる。しかし、実はサッカーの世界では、今、移籍金というものは存在しない。移籍金は、いわゆる“ボスマン裁定”以降なくなってしまった。(ベルギーのチームに所属していたボスマン選手は他のチームへの移籍を希望していたが、所属チームが多額の移籍金を要求し、移籍が困難になった。それを不服としたボスマン選手が欧州司法裁判所に提訴し、ボスマン選手の勝訴となった。以後ヨーロッパサッカー界においては移籍が自由化し移籍金がなくなってしまったのだ。)
移籍金はいくらという記事をよく見るが、正確には移籍金ではなく、“契約違約金”だ。チームは他のチームに選手をただで取られないために、なるべく選手と長期(複数年)契約を結ぶ。契約期間の途中で移籍するとき契約解除による違約金が支払われるからだ。何としてでも獲得したい選手に対しては、移籍先チームから多額の違約金が積まれ、元所属チームの収入になる。もちろんあくまでそれは契約期間中の話で、契約期間が終了したら、全くもって“ゼロ円”で自由に移籍できる。

しかし、他のプロスポーツと比べてみると、サッカーのような自由移籍ルールは極めて特殊であることが分かる。例えば日本のプロ野球では、自由にチームを移籍できるのは入団後9年経ってからFA(フリーエージェント)の資格を得てからだ。その場合も移籍先のチームはそれまで所属していたチームに補償金を支払わなければならない。
そもそもサッカーにしても、移籍金廃止というルールは、サッカー界内部の判断で設けられたものではなく、裁判所を通じていわば外部から突き付けられたものだ。
プロスポーツで所属チームを変えるとき移籍金が必要とされるのは、選手が「財産」だからだ。無名の選手を育て上げようやく一人前にしたと思ったら、他のチームにとられてしまい、その上何の見返りもないとしたら、チームにとって大きな痛手となる。各チームは選手を育てるモチベーションを失ってしまう。
ちなみにJリーグも、一昨年からこのグローバルルールに則って運用されている。
もっとも、人が財産であるのは一般社会だって同じだ。将来を担う社員を懸命に育ててきたのに他の会社に移られてしまったら困る。しかし、考えてみれば、一般社会では、会社を変わるときに移籍金など必要となることはない。三菱の社員が日産に移ったからといって日産が三菱に移籍金を支払うことはない。そう考えると、レッズの選手をFマリノスが獲得したからといって、移籍金が発生しなくても何ら不思議なことではない。
サッカーの世界が、他のプロスポーツに先んじて、一般社会に近付いたということだ。

今の制度では、選手が移籍金なしで出て行かれてしまうのを防ぎようがない。
チームとしては、選手たちに意識改革してもらうしかないだろう。チームとけんか別れするつもりがない限り複数年契約を結ぶことによって、移籍金を残して出て行くのを当然と考えるようにしてもらうのだ。
そうなると、チームへの愛着や帰属意識を持った選手の育成が鍵となるはずだ。
例えば、現在ドイツで活躍する内田篤人選手は、早くから海外移籍を希望しながらも「出て行くからにはチームに移籍金を残したい」との理由で、当時所属していた鹿島との長期契約に応じていたと聞く。内田が元々持っていた義理堅い性格によるところもあるだろう。しかし、鹿島はすでに、チームとして新卒のプロ選手に2、3年かけてチームの基本的な考え方を理解してもらう教育メソッドを体系化しているという。
どのチームも下部組織を持ち、子供の時から長期にわたって投資をし育成している。幼い頃からクラブのマインドを理解して育ち、成長して出て行く時には「恩返しをしたい」と考える選手を育てることができるかどうかが、持続可能な運営ができるチームにするために必要なのだ。
チームへの愛着や帰属意識は、チームに長く働いてもらうためだけではなく、実はチームに収益をもたらすためにも極めて重要な要素だということは、大変に興味深い。

選手の意識改革を促すには、我々のようなJリーグのファンやサポーターも行動を変えなければならない。選手が移籍金を残して出て行くのか否かを、目を凝らして見ていなければならない。選手が海外に挑戦したい、より条件のよいところでプレーしたい、と考えるのは当然のことだ。しかし、チームを出て行くことそのものは裏切りではないが、移籍金を残さずに出て行くのは、それまで所属していたチームとそのサポーターに対する裏切り行為と言っても過言ではない。
これからは、移籍金を残してチームを出て行く選手は拍手で送り出し、移籍金なしで出て行く選手に対してはブーイングを浴びせることが必要だ。

最後に本田選手の話題に戻す。実は、ACミランとの交渉は、夏の移籍期間中にも行っていたが一度破談になっている。共同通信のインタビューによれば、このほど、所属するCSKAモスクワの会長が、夏に決裂した舞台裏を明かした。決して移籍金の額に問題があったわけではなく、交渉過程で相手側に“誠実さ”がなかったことを理由とした。「相手は交渉可能になる前の2月から本田側と接触し、私抜きで話を進めた。最初に私のところに来ていれば違った。ロシアで人を欺くのは絶対に許されないことだ。」と語ったという。
これこそ、グローバルルールのはずだ。このルールに則らなければ、移籍が実現することはない。