【田村洋一】多様性を尊重するということ

私は約束を守る人が好きです。私の友人たちには、小さな約束まできちんと覚えていて律儀に守ってくれる人がたくさんいます。私も負けじと約束を守るようにしています。

約束を守れない時もあります。そういう時は謝罪して埋め合わせをしようとします。謝罪するほどでもない小さな約束で、相手が忘れてしまっているかもしれないような場合には謝ったりなどはせずに、こっそり埋め合わせをします。

もちろん全ての友人たちが律儀で物覚えのいい人たちとは限りません。なかには軽々と安請け合いをした上に、約束したことをすっかり忘れている人たちもいます。私の場合、外国人の、特にアメリカの友人たちに優れた忘却力の持ち主がたくさんいます。これはある程度は国民性なのかもしれません。

最初は戸惑います。こっちはすっかり相手の親切に甘えて頼っていたのに、あっさり梯子を外されたような気分になります。

しかし、このパターンを何度か繰り返し経験すると、「ははぁ、そういうものなのか」と受け入れる気持ちになってきます。相手は全く悪気がなく、ただ大らかにあっけらかんとしているのです。

そういう文化的風習の中では、約束をされた方がきちんと相手に確認して約束を守ってもらうように振る舞う必要があるのです。仮に相手が忘れていても気にせず約束し直せばいいだけのことなのです。慣れればそれほどの大事ではありません。

自分と異なるタイプの人間への寛容さを持っていないと、約束を違える友人に対して「彼らは人間としての品位に欠ける」などと道徳的な断罪をしてしまいがちです。実際はただの記憶力の違いや文化的風習の違いでしかないかもしれないのに。

人は異文化で多様性に触れ、自分と異なる嗜好や考え方の人たちと交わる体験を経て、他者に対する寛容さを養っていくのではないでしょうか。

ダイバーシティ、多様性とは突然浮上した特異なコンセプトではなく、私たちのごく身近にあるものです。違いは違いでしかなく、間違いであるとは限らない。違いを違いとして認め、多様性を尊重できるようにしたいと思います。