【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発:松村卓朗】:第26回日本サッカー “アマからプロへ”の大変革~誕生から20年経ったJリーグ~(6)

変革のステップ5.【抵抗勢力への対処】

変革には抵抗勢力がつきものだ。川淵氏は、自身のビジョンの浸透に、その抵抗勢力の力まで活用したことは既に述べた。
巨大メディアの総帥の批判にも、川淵は一歩も引かなかった。引かなかったどころか、むしろ、「ナベツネさんとの確執のおかげで、これで世の中にJリーグの理念やビジョンが伝わる」と考えたという。後に川淵氏は、「これだけビジョンが世の中に伝わったのはナベツネさんのお蔭だから、ナベツネさんはJリーグの恩人」とまで語っている。
この人の手腕がなかったら、サッカーがこれだけの繁栄を築くことはなかったと言っても過言ではないとつくづく思う。抵抗勢力に対処するために彼が用いた手法は大変興味深いので、いくつかを紹介しておきたい。

そもそも抵抗勢力はなぜ変革に抵抗するのか。その原因を紐解くと、①「(誤った)合理性」②「政治性」③「感情性」の3つの側面に帰する。それぞれ3つの側面への対応は次のように整理できる。
① (誤った)合理性:今のまま変わらない方が合理的と考えている⇒誤った認識を正す
② 政治性:権限や既得権益を失いたくない⇒屈せずコントロールする
③ 感情性:人間だから、変化することは怖いし不安だ⇒耳を傾ける

「テレビ放映権のJリーグでの一括管理(テレビの放映権料はクラブには渡さない)」は、政治的な圧力に屈せずコントロールし、(誤った)合理性を正した例だ。
ある日、読売新聞専務と日本テレビ局長が訪ねてきた。「川淵はテレビ放映権を渡さないと言っているがとんでもない。各クラブに任せてほしい」と長沼氏(元協会名誉会長)岡野氏(当時協会名誉会長)に迫ったことがあったという。そこで川淵氏が応接室に呼ばれた。プロ野球では、読売ジャイアンツの放映権は読売グループが握っていて、読売だけが潤うという構図になっていたので、サッカーでも同じ構図を目指したと思われる。
川淵氏は、「絶対に渡さない。各クラブで勝手に決めたら1億にもならないものが、リーグが放映権料を持ったら20、30億になるから絶対に得。」と言って、説き伏せた。

・リーグ全体として考えると最も高額で放映権が売れる。
・放映権料収入によるクラブ間の資金格差を減らす。
・リーグが販売をすることにより各クラブの手間(負担)が減る。
・販売側の窓口の一本化によりテレビ局側が買いやすくなり、より多く売れる。
・交渉術の未熟なクラブの放映権が安く買い叩かれる事を防ぐ

こう説かれると、読売に放映権を渡せというのは、誤った認識のもと、自分達の利益にもならないことを政治的に主張しているというのではないかと見直さざるをえない。

別の例では、「47都道府県全員を同じ方向へ向けた」というのがある。
日本サッカー協会の下には47都道府県の協会がある。それぞれが独立した存在で、都道府県協会は日本サッカー協会のルールには従わないといけないが、協会会長の任命権はない。各都道府県協会ごとに、財務力、施設、サッカーへの取り組み姿勢などで大きな差がある。こうした独立した都道府県協会をいかに同じ方向へ向けていくかというのは、組織運営上、とても重要なことだった。
サッカー協会がお金を出すときに、川淵氏以前のやり方では47都道府県に一斉に公平に出さないといけなかった。1つでも反対するところがあったら、やめておくか、あるいは、2~3年かかって説得していくというのが基本的なアプローチだった。従って、日本サッカー協会は、方針を決めるのが遅かった。いろいろな委員会を設けて、専務理事が中心となってヒアリングをして決めていっていた。
誰もが状況が変化することは怖いし不安なので、その声に耳を傾けることを疎かにしてはいけない。しかし、全員が納得しない限り前進しないというアプローチでは、ドラスティックな変革をスピーディに進めることは絶対にできないと川淵氏は考えたのだろう。彼は、47都道府県の意見を聞いて、説得しながら全体のベクトルを決めていくやり方はとらなかった。
彼は、「意見があったら言ってください。しかし、基本的にはこういうベクトルでやってください。」というコミュニケーションをとった。具体的には、全都道府県のサッカー協会の法人化というベクトルを打ち出した際、「法人化しなかったらその都道府県では天皇杯もやらない。しかし法人化したら100万円援助する。」とだけ言ったのだ。すなわち、最初から全員を説得せず、「納得してついてくる都道府県のみでよい」としたのだ。
やる気のある都道府県は、最初に食いついた。様子見の都道府県は、やる気のある都道府県の動向を見て進めた。遅れをとった都道府県は、自分達だけ取り残されると困ると考え、最終的には法人化した。何と、3年以内にすべての都道府県が法人化したのだ。

物事がうまく前に進まないときはパターンが決まっている。「総論賛成・各論反対」。総論では全員が賛成しているのに、各論で意見が集約できない。自分に利害が降りかかってくるとなると、感情的な理由で、政治的な理由で、あるいは合理的な理由で、抵抗に回るのだ。そうすると、「先送りしよう。」と、どんどんどんどん後手後手に回っていく。「もう今日は何のための会議だったかわけがわからない」という状況で会議は終わる。日本には「小異を捨てて大同につく」というすばらしい言葉があるにもかかわらず、大同が見失われて、小異ばかりがクローズアップされていく。
冒頭に、川淵氏が抵抗勢力に対処するために用いた手法が興味深いと私は言ったが、何より抵抗勢力に対しては、一貫して毅然としたスタンスで臨んでいた姿が見える。
抵抗勢力への処し方として、彼は次のように語っている。「物事は何でも理念があって続いていくわけでね。理念がないのなら、単なるカネ儲けですよ。Jリーグという社団法人をつくるとき、理念に賛同する人が集まり、同じ仲間としてスタートしたわけでしょう。それを批判する方がどうかしている。
“Jクラブに企業名を入れろ”という要求にしたって、じゃあ企業の名前を出したらお客さんが増えるんですか?市民の賛同者が増えるんですか?と逆に問いたい。
抵抗勢力にだって、どちらの方がお客が増えるか、将来のサッカーのためになるか、という視点に立って、真正面から議論していったらよいのだ。」

今回の稿で、20年目を迎えたJリーグの発足を振り返り、世紀の大変革を導いた川淵氏の手腕を解説していくという企画は終わりとしたい。