GIAリーダーの旅(松村卓朗)第4章:スリランカのリーダー達との出会い:オーセンティックでエネルギッシュな情熱に満ち溢れたリーダーシップ

マハボディ仏教寺院の高僧:仏教による人格形成教育を追求

スリランカでは、すばらしいリーダー達と出会うことができた。ここでは、「オーセンティシティ(真実味・本物感・信憑性)」を強烈に感じ、エネルギーと情熱に満ち溢れた3人を挙げたいと思う。

まず最初に挙げるのは、仏教国スリランカの寺院の大僧長、パナガラ・ウパティッサ師だ。スリランカに着いて次の日にまず最初に訪れたのが、仏陀がその下で悟りを開いたと言われる菩提樹(ボディトゥリー)に名前を由来する、マハボディという名の付いた仏教寺院だ。彼が大僧長を務めるこの寺院で、スリランカ滞在中の安全と幸福を祈ってもらい、手首にお守りとなる糸を巻きつけてもらった。

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彼は、会うなりとても流暢な日本語を話すので、とても驚いた。聞くと、1986年に仏舎利と共に来日し、都内で借家生活をしながら布教活動を行い、1989年には千葉県に蘭華(ランカ)寺を創建したという。

とても興味深かったのが、日本で仏教の普及のためにお寺を建てようとしたら、「日本での実績が必要だ」と言われたという話だ。これからさらなる普及活動をし、実績を作るために建てようとしているのに、最初に実績が必要とはどういうことか、と当局と喧嘩したという。

昨年はインドにも寺院を開いたようで、仏教は、幼児からの人格形成教育を中心とした社会支援の大きな一端を担っていて、まだまだ重要な役割を果たしていかねばならないと語っていた。

スリランカ滞在中には仏教と触れ合う機会が非常に多かったが、仏教はリーダーシップ開発ととても相性がよいということにも気づかされた。「神を信じる」宗教ではなく、「自分自身を律する」(ことによって人格の完成を目指す)宗教だからだ。

仏教の五戒(殺さない、盗まない、嘘をつかない、酒を飲みすぎない、不貞を働かない)も、スリランカで教わった。戒(道徳)というものは、他人から強いられると苦しいものだが、その意義を知り、自発的に実践すると、心が強くなることが実感できるという。

師からは、日本とスリランカの関係についても話を聞いた。

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日本が第二次世界大戦に負け、1951年にサンフランシスコ講和条約締結後、世界で一番早く正式に日本と外交関係を結んだのがスリランカだと聞いて、自身の無知を恥じた。サンフランシスコ講和条約会議でのスリランカ(当時はセイロン)代表で、後に初代大統領になるJ・R・ジャヤワルダナ蔵相は、日本に対して、連合国側から分割統治などの強硬案が出される中で、対日賠償請求権の放棄を主張したという。

「欧米の支配下から開放されることを望んで、日本の考え方に同調し協力した人もいる。我々は損害賠償を要求しようとは思わない。我々は仏教徒であり、ブッダの言葉を信じているからだ。それは、『憎しみは憎しみによっては止まず、ただ愛によってのみ止む』。これが我々を数百年の間、共通の文化と伝統で結び付けている。我々は日本人に機会を与えなければいけない。」という発言内容だったと聞く。

スリランカは、実に日本と近しい国なのだ。

UCIARSのキム教授:研究と実践の結びつけに挑戦

UCIARS(The University of Colombo Institute of Agro-Technology and Rural Sciences)のキム教授は、とにかくエネルギッシュだった。

コロンボ大学とは遠く離れたハンバントタという所に、UCIARSはあった。そこでキム教授は、バナナなどを栽培していた。大学のアカデミズム(理論)と農業のアクティビズム(実践)を結びつけようという新しい試みをしているのだという。

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大学は確かに先進的な研究を行っている。しかし、象牙の塔とは言うもので、研究にこそ熱心なものの現実社会とは疎遠で、せっかくの研究成果を本来活かすべき実践農業の場に持ち込めていないことが少なくないという。

一方、農業の現場では、大学レベルの研究成果を活用すれば生産性が格段に上がるのに、農家達の知識不足のために極めて低い農業生産性に甘んじているという。しかし、これまでは、農家が学ぶ手段も学ぶ場もなかった。スリランカの大学進学率は、わずか数パーセントにすぎないのだ。逆に、農家達の実践から得た知恵を、アカデミックな研究の場にフィードバックする仕組みも経路もなかった。

そこで、キム教授達は、研究と実践活用の効果的な結びつけのためにUCIARSを作った。農家達が、年齢や場所や時間や学歴などの壁を超えて学べるようにする工夫を豊富に取り入れているという。農家達がe-ラーニングで学べる仕組みもあれば、パソコンがない人達はここに来ていつでも使えるようになっている。

さらに、農業収入によってこの大学自体も自立運営できるようにしているというから、まさに自立を促すリーダーだ。

UCIARSは、コロンボ大学の分校という位置づけにすぎないが、その役割は特徴的で、まとめると次のような理念を標榜していると語ってくれた。

  • Technology transfer(真に必要とされるところへの技術移転)
  • E-diploma(場所や時間や学歴を超え、現地の人たちからの現地語での容易なアクセス)
  • Rural entrepreneurship development(起業家精神の開拓によって、生産性が高く持続可能な農業発展)
  • Self financing(自立運営)

何より感心したのが、この試みに賛同し共感を得た人達を、どんどん仲間にしているということだ。大学の枠があって、その中に既にあるインフラや仕組み、あるいは中にいる人達やリソースを使おうという発想ではないのだ。外国の、例えばイタリアなどの他の大学にいる教授なども、知見を提供してくれるのだという。ネットで繫ぐことができるので、距離やコストが障壁にならずに協力を得やすいのだと語っていた。技術的には簡単に繋がる時代だからこそ現代社会は、実は、人と自分とを結びつける“志”一つが問われる時代なのだと思った。

キム教授は、このプロジェクトに生きがいを感じているのだろう。楽しくて仕方がないという感じが伝わってきたのが印象的だった。

石川さん:この国のために何ができるかの答えがマッサージ師

スリランカを後にする前日に、石川さんという日本人に出会った。30歳そこそこの北海道出身の好青年だ。

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石川さんは、コロンボでマッサージ師として按摩院を開いているという。しかし、元々マッサージ師をしていたわけではなく、スリランカで活動するために日本で免許をとったという。

最初にスリランカに来たのは、学校を出てすぐの頃で、海外青年協力隊に参加して、農業指導が目的で来たらしい。一度は日本・北海道に戻ったが、戻ってからも「この国に対して何かしたい」と思い、「この国に何ができるか」と考えたと語る。

結局選んだ道がマッサージ師だ。

日本では、視力を失っても、多くの人が按摩師になる。日本の按摩師の4割が視力に問題を抱える人だと言う。つまりは、視力を失った人達が、生計を立てていくルートがきちんと確立していると言える。しかし、スリランカでは、マッサージというのは性的な意味を有するために、按摩師という職業が存在していないのだ。そのせいで、視力を失った人は職がないのだという。「私が知っている中で、視力を失っていながら職に就いているスリランカ人は3人しかいません。」と石川さんは語る。

この状況を変えたいと思って、マッサージの免許も取って、今は、自宅の1Fで按摩院を開いているのだと言う。一人暮らしかと問うと、「いや、7人くらいで暮らしているかな。勝手に盲目のスリランカ人が訪ねてきて住み込んじゃって。」と笑う。

なんという人なんだ、こんな人がいるのかと唖然とした。

日本に戻ってから、「この国スリランカに何ができるか」を考え抜くなんて、これは一人GIAプログラムだと思った。

こんなに大きな、とても誰も真似できないようなことをやってのけながら、本当に肩に力が入っておらず、飄々としているのがとても印象に残った。

私は企業のリーダー育成を支援していると言うと、「自分は30歳も超えたが、まだ一度も企業なるところで働いたことがないので、今日の皆さんのような立派な企業のリーダーの人達と話すと気が引ける。」と笑う。「今日は日本人がいるからと誘われて、懐かしくてちょっと顔出しただけ。」と、小さな50ccバイクで颯爽と去っていった。