【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発:松村卓朗】:第19回 サッカーの倫理とファンの愛~4部落ちしたスコットランド・レンジャーズFC~

英国スコットランドで起きたこの夏の現象は、世界のサッカーファンを驚かせた。“4部”リーグの試合に、5万人もの観客が集まったのである。

 大歓声の中で繰り広げられたその試合は、クラブの経営破綻により今季から4部で再出発することになったレンジャーズのホーム初戦だ。
その日の英国では、マンチェスター・ユナイティッドやチェルシーといった世界的な人気チームが属するイングランドのプレミアリーグですら、この入場者数を上回ったのは2試合のみだったというから、この数字は驚きだ。
ちなみに、平均入場者数は、昨年のスコットランド・プレミア(1部)リーグでは14000人で、4部は500人弱だった。それが、今年のプレミア(1部)リーグはこれまでのところ10000人に減り、一方4部は5000人を超えているというから、いかにレンジャーズのファンが動員数に影響を与えているかが分かる。

英国はサッカーの母国、サッカー発祥の地だ。歴史も古いので英国だけに特別に認められていることがある。それは、(英国は、北アイルランド、ウェールズ、イングランド、スコットランドの4つの国で構成されている王国であり)4つのサッカー協会が存在し、4つがそれぞれで代表チームを持ち、W杯にもそれぞれで出場権を持つということだ。(少し違うかもしれないが、日本で言えば、北海道と本州と四国と九州でそれぞれ代表チームを持ち、W杯出場を目指しているようなものか。)それゆえ、例えば北アイルランド代表だったジョージベストという世界を代表する選手は(マンチェスター・ユナイティッドで活躍し、史上最年少でバロンドール=欧州最優秀選手に輝いた)、ついぞW杯には出ることが適わなかった。

その英国のうちの1つの協会が運営する、歴史あるスコットランド・プレミアリーグで、レンジャーズは54度の優勝を誇る名門だ。スコットランドでは、レンジャーズとセルティックという2大チームがあり、人気と実績を二分してきた(少し古い感覚だが、日本の野球で言えば、巨人と阪神みたいなものか)。
しかし、そのレンジャーズは、今年の2月に経営破綻したのだ。税金逃れの給与支払方法(リーグプレイヤーの給与の大半を、後で帳消しにされる前提の貸付金として支払い、所得税や社会保険料を逃れるという手法)が、違法と判断されたのだ。そのために総額7500万ポンドを追徴課税されたことが響いて、負債は1億3400万ポンドにまで膨らんだ。旧会社を清算し、実業家が新会社を設立して、チームを存続させている。

私は、ここからの経緯が大変に興味をそそられた。本来新たなチームがリーグに加盟した場合は、4部から始める必要がある。文字通り“1から”出直すことが求められた。しかし、レンジャーズは、スコットランド・プレミアリーグ残留を望んだ。当初は、リーグも特別措置で残留を認める流れで、10ポイント程度の勝ち点のペナルティが課される程度と報道されていた。リーグに多大な影響を持つ人気クラブのレンジャーズが抜けると、他のクラブも大きな経済的な打撃を受けるため、それは妥当な落とし所に見えていた。しかし、他クラブのサポーター達が、「レンジャーズを降格させないなら、観戦を拒否する」と、年間チケットの不買運動を始めた。こうした動きが各クラブの社長への大きな圧力となって、4部への降格決議に至ったというのだ。
日経新聞(2012年10月12日)の取材記事によれば、スコットランド・プレミアリーグの代表は、「経済的な影響を考慮して特例を認めてしまったら、公正さとモラルが失われる。公正さは一度失ったら取り戻せない。」と語っている。

 4部降格が決定した直後は、観客減や選手の大量流出など悲観的なニュースばかりが流れていた。事実、選手は5人だけが残り、20人が去った。ペナルティルールで、2年間は19歳以上の選手の獲得も禁じられている。4部の入場料は安いので、年間の売上も半減する。これまでどんなに輝かしい歴史を歩んできたチームといっても、今年1年間のリーグ戦を戦う相手は4部で、試合に高いレベルも求められない。4部はほとんどがセミプロの選手で構成されていて、レンガ工や建具屋、運送屋、教師など、別の仕事と掛け持ちしていると聞く。
しかし、いざふたを開けてみると、これまでと変わらぬ観客が席を埋めた。熱い声援をチームに送っている。サポーターの愛は、4部という現実をも受け入れた。今年からレンジャーズを指揮しているマッコイスト監督は「信じられない。これほどのサポーターが集まってくれるなんて。この声援がある限り、我々は前進し続ける。」と、ホーム初戦の後テレビの前で感極まっていた。
私自身心を動かされたのが、実はサポーターの大多数(83%)が「4部落ちに賛成した」ということだ。「ずさんな経営でクラブを壊した旧経営者には背中から刺された思いだが、中途半端にせず、この際一番下から始めた方がいいと、みな考えた」と、サポーター担当マネジャーを務めるハナーさんは語っている。

スコットランド・プレミアリーグには、かつて、中村俊輔選手が所属していた。彼はレンジャーズの宿敵、セルティックで活躍していた。そのおかげで、私も、遠く離れたリーグの試合をよくテレビ観戦したものだ。
セルティックのサポーターで、確か“甥がレンジャーズ(の下部組織かなんか)に入団した”という人が、「よりによってレンジャーズなんかに入りやがって。これで親戚縁者の縁を切る!」と真剣に語っていた人がいたのが、忘れられない。
セルティックパークでは選手の入場前に、「You’ll Never Walk Alone(君はひとりじゃない、我々も一緒にいる)」という曲が流れ、サポーターが曲に合わせて熱唱するシーンが印象的だった。中村俊輔選手が退団する際には、サポーターが大合唱してこのメッセージを送っていたのが、いまだに脳裏に焼きついている。

英国には、このような熱狂的なサポーターがいて、各リーグを支えていたことは知っていた。英国のファンは世界一とも言われていた。熱狂の度が過ぎて、“フーリガン”と恐れられる人達もいる。しかし、今回のビッグクラブの破綻騒動で、単に熱狂的なだけで世界一と言われていたわけではないことが分かった。実に潔くて、倫理観に溢れる、オーセンティックなサポーター達なのだ。
クラブにとっては、このようなファンこそが財産だ。経営が破綻しても、いや破綻したからこそ、変わらぬ愛を注いでくれる。そして、クラブも、そうしたファンのために、安易で中途半端で不誠実な道を選ばなかった。だからこそファン達も、一緒に一から出直してくれる。実に、胸がすく思いがした。