目指せグローバル才女!薫子の「飛んだ人生」~アメリカ人夫とのやりとりで学ぶ異文化間コミュニケーション:手洗いとうがい

私事になるが、昨年秋に結婚した。夫はアメリカ人である。

日本人同士の結婚であっても、生まれ育った環境や価値観の違いはあるだろうが、相手がアメリカ人となると、その違いの幅がさらに大きくなる。生まれ育った環境や価値観が異なる相手とうまくやっていくためには、まさに私が日頃の研修で説いているような異文化への理解や異文化間コミュニケーションスキルが必要になってくる。研修や仕事の場ではこういった知識やスキルを活用しているのだが、いざ帰宅してほっとすると、そんなことはすっかり忘れて、自分と異なる考えややり方をとる夫に不満や怒りを覚え、そういう自分に気付いてはっとすることが日常茶飯事である。

 

そんな日常生活の中で次々と遭遇する日本とアメリカの生活習慣のギャップと、そのギャップを埋めるための工夫、失敗、気付きなどを、このコラムで随時紹介していこうと思う。

今回のテーマは「手洗いとうがい」

 

日本では子供の頃から「お外から帰ってきたらまず手を洗ってうがいをしましょう」としつけられる。「手洗いとうがい」は風邪や流感を予防するためにも必須であり、風邪の季節になるとオフィスや病院の洗面所には効果的な手洗いとうがいの方法の説明を書いた紙が張り出される。私も当然、外から帰宅したら、まず手を洗ってうがいする。それが当然なので意識することもない。

 

ところがアメリカ人の夫は手も洗わないしうがいもしない。夫が風邪気味のときに、風邪をこじらせないためにも、また私にうつさないためにも、「外から帰ってきたら手を洗ってうがいをしてほしい」と頼んだら、「手を洗ってうがいをすることが風邪の防止に役立つという根拠はあるのか」と怪訝そうな顔をした。インターネットでアメリカのウェブサイトを調べたが、確かにそういう根拠は見つからない。また、日本ではイソジンなどうがい薬がたくさん出ているが、アメリカにはうがい薬というものは売っていない。(そもそもうがいをする習慣がないから)

 

「日本では手を洗ってうがいをすることは基本である。仮に風邪の予防に効果がなかったとしても、手を洗ってうがいをすることのデメリットはないのでやってほしい」と頼んだら、やってくれるようになった。アメリカ人を説得するには、単に「日本ではこうだから」では不足で、「それをやることのメリット、デメリット」を論理的に伝えることが必要である。

 

ところが、である。夫は帰宅して食事をした後、「あ、そうだ。忘れてた」と思い出してうがいをする。うがいは食べる前にやらないと意味がないではないか。これも頭ごなしに注意すると相手のプライドを傷付け、せっかくのやる気をそいでしまうことに成りかねないので、「うがいは喉付近のばい菌を洗い流すために行うので、外から帰ってきたらすぐ、飲食をする前に行ったほうが効果あるよ」と論理的に、でも出来るだけ優しくアドバイスする。

 

これで、夫は帰宅したらすぐうがいをしてくれるようになった。

 

ところが、である。夫は帰宅すると、私が料理をしている台所に向かい、台所の流しでうがいをするのだ。そこは食材を洗ったりするところだから、そこでうがいなんかされたら気持ち悪いではないか。。。相手の行動に毎回難癖をつけるのもよくないなと思ってしばらく我慢したが、やはり台所でうがいされるのは嫌だ。なぜ彼が台所でうがいをするのかを考えると、ようは台所にしかコップが置いてないからであった。我が家には洗面所が二つあって、私と夫で分けて使っているのだが、夫用の洗面所にはコップが置いていない。うがいする習慣がないし、歯を磨くときも手で水をすくって済ませているからだ(これにも文化の違いを感じる)。そこで、夫の洗面所にもコップを用意して、「洗面所にうがい用のコップを置いておいたから」とさりげなく言ってみる。これは、「台所でうがいをするのはやめてくれ。これからは自分の洗面所でうがいをしてほしい」というメッセージを間接的に伝えるハイコンテクストなコミュニケーションである。行間が読めないタイプの人だと「うがい用のコップは洗面所じゃなくて台所において欲しいな」などというずれた返事が来るかもしれない。そういう相手には「洗面所でうがいをしてくれ」と直接的に言うしかない。でも、夫の場合は「洗面所にうがい用のコップを置いておいた」というメッセージの意図を理解し、ニヤッと笑って、それからは帰宅するとすぐに洗面所で手洗いとうがいをするようになった。間接的な表現を使うハイコンテクストコミュニケーションは、ある程度行間を読める相手に対して、相手の感情を傷付けないように物事を伝えるときに役に立つ。

 

まだまだ様々なエピソードがあるけど、それはまた次回以降に。。。