【安田太郎】中国人とチームになる20の方法:その1

「日中が協業する上での課題は、お互いの必要性を頭では理解しつつも、心でなかなか分かり合えないことだ」
ある中国人経営者と、日中の協業について話し合った時の私の実感です。
日本語、中国語という言語の壁もさることながら、文化(それぞれにとっての当たり前)の壁が両者の目の前に大きく立ちはだかっています。両国の交流の歴史は古く、同じ漢字を使い、同じアジア人なのにもかかわらず、日本人と中国人の間には疑いようのない「心の距離」があります。
今回は、実際起こったケースをもとに、日本人と中国人が、心と心で理解しあい、チームになるための考え方やヒントを示していきたいと思います。
(1)すぐに謝る日本人、絶対に謝らない中国人
<ケース>
赴任から半年がたった日本人派遣社員Aさん。中国で、はじめて部下を持ち、日々業務に打ち込んでいます。中国での生活に慣れてきた今日この頃ですが、最近とても悩んでいることがあります。中国人スタッフに仕事をお願いすると、「できます!」「大丈夫です!」というので任せてみるのですが、実際ふたを開けてみると、全くできていないのです。こんなことは一度や二度ではありません。そこで、通訳を介してじっくり話をきいてみることにしました。すると、そもそもその中国人スタッフはAさんのお願いした仕事自体を理解していなかったことが判明。Aさんは、「もし、理解していなかったであれば、なぜ“できる”なんて言ったのですか?」とイライラしながら質問すると、中国人スタッフは、謝るどころか、あれこれ言い訳ばかり。Aさんの怒りは頂点に・・。


中国人スタッフに謝罪を求めると、すっかり黙り込んでしまいました。その日を境に関係が悪化してしまったようです。
<解説>
「なんでも“できる、わかる”というが、実際はその逆のことが多い」、「ミスに対して反省の色をまったくみせない」、という問題ですが、実際これは、多くの日本人駐在員に共通する悩みになっています。実はこの問題、日本人と中国人の間で、「できる」「わかる」ということ、そして「謝る」ということに対する“重み”が大きく異なるところに、その根本原因があります。
そもそも中国人にとって「できる」「わかる」あるいは「知っている」という表現は、「とりあえずやってみましょう」というような軽い意味でしかないことがあります。これは、面子(メンツ)を重んじる文化が関係しています。面子は、プライド、と言い換えると分かりやすいかもしれません。自分自身を非常に高く評価しています。また、中国では経済成長スピードが速く、且つ、即断即決が求められます。考えすぎて何も行動しないよりは、とにかく動きながら考え、うまく行かなかったら今度は違う方法で試してみる、ということが好まれる社会です。この環境の中で、「できない」「わからない」ということは、自分の面子(メンツ)に関わる問題であり、率直に伝えることを躊躇します。結果、できないことでも、「できる」、わからないことでも「わかる」と表現することになります。ただ、前述の通り、この意味するところは「とりあえずやってみましょう」です。
しかし、これは日本人からすると、かなり軽い気持ちで(あるいは、ややきつい表現になりますが、かなりいい加減に)「できる」「大丈夫」といっているように聞こえます。
また、中国人にとって、「謝る」とはどのようなものなのでしょうか?
中国は、軽い気持ちで謝ることのできない社会です。多くの中国人の価値観として、謝る=勝負に負ける=すべての責任を負う、という考え方があり、軽い気持ちで「謝る」ことは難しいのです。さらに中国では、ダンアン(档案)という一人ひとりの情報ファイルを共産党の管轄組織が管理しています。このダンアンには、出生地、生年月日、民族、職歴、犯罪歴をはじめ、両親の職業や思想面の問題等について細かく記載されていきます。ちなみに、本人は見ることができず、見ることが許されているのは、国営企業の人事部長等、一部の人に限られています。ある国営企業に勤める人事部長は、自分のダンアンを初めてみた時、小学校時代の通知表や反省文などが入っていたことにとても驚いたといいます。つまり、ダンアンには、成績表はもとより、小学校時代の反省文など、様々な情報が細かく管理されており、一度自分の非を認めれば、その物的証拠が一生つきまとう社会なのです。非を認めること、「謝る」ことは、日本人が想像する以上に非常に重いもの、との認識があります。
一方、日本人にとっての「謝る」は、仮に謝ったとしても、全責任を負うことはあまりなく、むしろ「謝る」ことで、ミスが自分に原因があるということを認め、今後同じことが起きないように最善を尽くすという姿勢を示したことにつながり、比較的よい印象を残します。もちろん、本人がそのように本心から思っているかどうかは別問題ですが、少なくとも相手にはそのような印象が残るのです。日本人にとって、まず「謝る」ことで、ミスを自覚し、今後同じミスを繰り返さないための姿勢ができると考えますが、これを中国人からみると、「何でも謝ってばかり。謝ったら済むと思っている。責任を取らない、いい加減なひと」と映ります。
<処方箋>
このように、軽く「できる・わかる」という中国人と、軽く「謝る」日本人の間で、様々な問題が起こっています。では、どうすればよいのでしょうか?
具体的にこのケースについての処方箋を考えてみたいと思います。
まず中国人スタッフに仕事をお願いする際は、WhatとWhyを明確に伝えることが必要です。具体的に何をするのか?(What)、そしてなぜ貴方にお願いしたいのか?(Why)をしっかりと言葉で伝える必要があります。その後は、具体的にどのようにやろうとしているのか(How)を質問し考えさせます。お勧めの方法として、指示を受けた部下に、上司である自分に対して、どのように実行するのか(How)を伝えてもらうのです。部下がHowを伝える中で、仕事の理解度や習熟度も確認することができ、また仮に部下の理解や習熟度に課題があれば、都度その部分に焦点を当てて細く説明をする、教える、ということができます。
さらに、部下のミスへの対応ですが、そもそもこのケースの場合、部下に謝らせることが目的ではなく、あくまで、次に同じ失敗を繰り返さないように、お互いにどうすればよいかを考えていくことにあります。おすすめの考え方として、相手の面子に配慮した上で、未来志向で話を進めてみましょう。以下は一つの進め方の例です。
<進め方(例)>
1.『このミスは、仕事を具体的に指示し、必要なサポートが不足していた可能性を作った上司である私の責任である。』
(1対1の場を確保し、相手の面子に配慮する。ミスへの責任を問わないことを伝え安心してもらう)
2.『したがって、次にうまくいくためにどうすればいいか、一緒に考えよう。』
(未来視点で話を進める。)
3.『今度もう一度やるとしたら、まず何をするか?次にどうするか?』
(ひとしきり、本人の考えを聞く) 
4.『なるほど。加えて、一つ私の考えを伝えたい』 
(部下の考えに加える形で、自身の考えを伝える)
   
文化とは、その国にとっての当たり前のルール。そして、それは家庭でのしつけをはじめ、学校の教育、また地域社会の風習など、一人ひとりに時間をかけて刷り込まれていきます。したがって、心の距離を縮めるためには、自国と異なるルールに嫌悪感を示すのではなく、その違いに興味を持ち、一つ一つ紐解いていく姿勢がどうしても必要になります。まずお互いの違いを「違い=間違い」ではなく、「違い=違い」として認める姿勢、あり方が求められます。そこから、「心の距離」は少しずつ、そして着実に近づいていきます。

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