【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発:松村卓朗】:第10回サッカーの言葉~言葉が生まれる意味と言葉を生み出す意義を考える

ボランチという言葉がある。
私が高校時代にはなかった言葉だが、今では小学生でも使っている。中盤の底のポジションを指す言葉で、ポルトガル語で「ハンドル(舵取り)」という意味だ。ちなみに私の高校時代には、守備的ハーフと言われていた。確かに当時このポジションに求められたのは守備だった。しかし、今、このポジションに就くプレイヤーは、位置が後方に配置されているだけで守備を専門に行う選手とは限らず、相手のプレッシャーが少ないこの位置から、攻撃の組立てを行ったり攻撃の起点となってパスを展開したりと、攻撃面を舵取りする重要な役割を担う。守備的という言葉が相応しくないという考えから生まれたと聞く。新しい言葉が生まれるということは、新しい考え方が生まれることといってよい。この“ボランチ”という言葉の浸透とともに、このポジションの選手達のプレイスタイルは変貌していった。
日本ではすっかりボランチと呼ばれているこのポジションは、調べてみると面白くて、国によって違う言葉が使われているらしい。イングランドではダイナモ(発電機)とかハードワーカー(汗かき屋)と呼ばれ、とにかく豊富な運動量が求められているようだ。イタリアではクルソーレ(飛脚)、フランスではルラユール(リレー走者)と呼ばれ、運動量に加えて攻守両面に貢献するつなぎの役割が重要視されているようだ。そう言われてみると、このポジションのイングランドの選手は疲れ知らずのものすごい運動量を誇る人が思い浮かぶし、イタリアやフランスの選手は非常につなぎが上手な選手が思い浮かぶ。言葉は文化そのものなのだ。つまり、そのポジションに求められる重要な考え方が反映されてその言葉となっているし、その言葉が使われるうちに言葉に凝縮されたエッセンスが一層意識されていくのではないか。
一方、廃れていった言葉もある。例えば、スイーパー(掃除人)という言葉はなくなってしまった。守備の最後尾に残って“掃除する”ように攻撃を食い止める役割だが、ちなみに、私の高校時代のポジションだった。この言葉が使われなくなったのは、このポジションが必要なくなったからだ。現代サッカーでは、ディフェンスとオフェンスとの距離をコンパクトに保ちプレイ密度を高めるのが主流になっている。相手にスペースを与えず、ボールを支配することを何より重要視する。ディフェンスラインの後方にスイーパーがいる陣形では、中盤のスペースは空くし、コンパクトに保てないのでボールを支配できないのだ。新しい考えが生まれて新しい言葉が生まれるなら、言葉が廃れるのも新しい状況を反映しているわけだ。
先日『FOOT×BRAIN』(テレビ東京)という番組を見ていたら、ツイッターやフェイスブックで「サッカー死語」なるものを募集していた。結果ベスト5として挙げられていたのは、


ウイング、バナナシュート、リベロ、フラットスリー、そして、スイーパーだった。
言葉が変わるというのは、世界が動いているということで、サッカーの言葉の変遷はサッカーの世界の変遷を表している。
『FOOT×BRAIN』では、サッカーにおける新しい言葉として、次の4つが紹介されていた。
●ダイアゴナルラン:ディフェンスを“斜め”に切り裂くフォワードの動き。
●デコイ:相手ディフェンスを惹きつける“おとり”の動き。
●リトリート:一旦自陣に引いて守備陣形を整えること。
●マノン:man on 、即ちすぐ後ろに“敵が来てるぞ”ということ。
どれも知らない言葉だった。しかし、とにかく言葉にされると概念が明確になる。例えば、「ダイアゴナルラン」という言葉を知ることによって、フォワードの重要な動きの意味を新たに1つ、認識できたと感じた。自分の中にその言葉がなかったということは、そういう考えを明確に持っていなかったということだ。私の中にないどころか、この世の中に存在しない言葉は、当然のことだが、この世の中に存在していない考え方だということだ。
例えば「メディアルーナ(三日月)」という言葉は、私のサッカー用語の中にない。ディフェンスの連携を表す言葉で、敵が来たときのディフェンスのバランスは三日月型にすると安定するという意味だ。サッカー解説者の都並敏史によれば、アルゼンチンでは小学生でも知っている当たり前の言葉だそうだが、日本ではプロですらこの言葉を知らないらしい。ということは、アルゼンチンでは当たり前の考え方が、日本ではこのような考え方でプレイする人はいないということだ。
サッカーを強くするためには、強くなるために必要な要素を研ぎ澄まし、凝縮した言葉を生み出し、語彙を充実させ流通させ、そして文化にまで高めていくというようなことも必要なのかもしれないと思うようになった。
そういえば、ラグビーの日本代表のエースとして長く活躍し、日本代表監督まで務めた平尾誠二が、リーダーにとって最も重要な能力の1つは「イメージを明確で簡潔な言葉にすること」だと語っていたことを思い出した。彼は、神戸製鋼時代、ライン攻撃の練習をするにあたって、かつては、「隣の選手から○○のタイミングでボールを受け取り、XXのスピードで走り抜け、△△のタイミングで隣の選手にボールを渡していき、全体の動きとしてはだんだんスピードを上げていくんだ」というような指導をしていた、と言う。しかし、なかなか自分のイメージが伝わらず、忸怩たる思いで練習を見ていた。考え抜いた末、あるとき、自分が抱くライン攻撃のイメージは「ムチ」という言葉で表現できることに行き着いたという。確かにこの言葉なら、ラグビー素人の私にも概念がよく分かる。しなるような動き方で、外側に行けば行くほどスピードが上がるというイメージが掴める。而して、メンバー全員にイメージが共有でき、全員が考え方を理解し、「今の動き方は“ムチ”とはちょっと違うよな。もう一回やってみよう。」というような自発的な選手同士のコミュニケーションが練習中に自然と起こるようになったという。
我々も、業務や組織運営にとって重要な考え方を研ぎ澄まし凝縮し、明確で簡潔な言葉を生み出し、そして語彙を充実させ組織の文化にまで高めていくような努力をしているだろうか。
社員たった18人で世界的な鏡メーカーとなって世間の注目を集めているコミーという会社があるが、社長の小宮山さんは、「長い言葉には逃げ道があります。簡潔に、焦点をしぼって、短い言葉でまとめる作業を行っていけば、問題の核心は必ず見えてきます。」そして「“言葉というのは会社の文化”だから、コミー独自の言葉をつくって蓄積し、コミーの文化を築いていかなければならないと考えています。」(「競争しない中小企業経営術」NHK出版)と語っている。コミーでは、暗記するほど繰り返し言って身に付ける、皆が意識しあって会社の文化にまで昇華すべき言葉を「シコ踏み語」と呼んでいるらしい。コミーのシコ踏み語には、例えば、「ヌシ化」という言葉がある。これは、「○○さんだけ“しか”できない仕事なので○○さんが病欠・退社したらそのラインが維持できないという、『○○しか問題』」を起こす行為や状態を指している。「ヌシ化」という言葉を生み出したコミーでは、この言葉が存在しているからこそ、「ヌシ化」を避けるためにどうしたらよいかを社員が皆日々、考え続ける習慣が生まれていると言う。

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