【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発:松村卓朗】:第8回なでしこビジョン~確固たる理念による長期的な組織強化~

「なでしこ“ビジョン”」なるものをご存知だろうか。
よほどのサッカーファン以外は、耳にしたことすらないと思うので、まずは、Webサイトにアクセスしてみてほしい。http://www.jfa.or.jp/nadeshiko_vision/
なでしこビジョンは、「世界のなでしこになる」とある。そして、その言葉に続いて、「女子サッカーに関わるすべての人が共有し、遂行する、3つの目標」が定められている。
1.サッカーを日本女子のメジャースポーツにする。
2.なでしこジャパンを世界のトップクラスにする。
3.世界基準の「個」を育成する。
中長期のスパンにわたって組織や人を動かしていくには、とりわけ、大きな変革を伴う場合に欠かせないのが、“ビジョン”だ。企業組織ではどこでも当たり前のようにビジョンを掲げているが、なでしこにもやはり、ビジョンが存在した。そして、多くの企業組織では、掲げながらもなかなか有効に機能しないという相談が我々に持ちかけられることが多いので、なでしこのビジョンは組織開発・人材開発に携わる皆さんには参考になるはずだと思い、詳しく見てみることにする。
このビジョンを作り掲げたリーダーは、上田栄治だ。2006年9月から日本サッカー協会の女子委員長を務めていて、現在は、女子のカテゴリーの強化、育成、普及のすべてを担っている。サッカーファンにとっては、2004年のアテネオリンピック出場を決めた、伝説とされる北朝鮮戦のときの女子代表監督というと、顔が浮かぶかもしれない。上田は、日本の女子代表監督を務める前に、マカオの男子代表監督を務めている。日本人として初めての「外国代表チーム監督」だった。
マカオは、男子のワールドカップやオリンピックの予選の組み合わせでたまに当たることがあるが、はっきりいって日本とは勝負にならない。全員アマチュアだ。世界で最も弱い代表チームのひとつにすぎない。現在でもマカオにあるサッカーグラウンドは、芝が2面、人工芝が3面、そして土が1面、合計してもわずか6面しかないというから、典型的な「サッカー発展途上国」だ。
上田は、このマカオ代表監督を務めた2年半で強化を進め、FIFAランキングを数十位上げるという成果をもたらしている。しかし、何より、ここでの経験が、日本にとって大きな成果をもたらすことにつながっている。長期スパンの視野の必要性を痛感したことだ。「プレジデント(2011年9月12日号)」では、次のように語っている。「マカオ代表での2年半で一定の成果は出せました。ですが、2,3年のスパンでは到底変えられないことがありました。やはり10~15年かけて下から積み上げるような組織がないと、サッカーは強くならない。ゴールデンエージと呼ばれる12歳までの子どもや、ユース年代の強化なくして、代表の強化はないということを、身にしみて実感しました。」
そして、日本女子代表監督を経て、日本サッカー協会女子委員長に就任すると、マカオで痛感した、長期を見据えた育成の土台づくりに着手している。まず手がけたのが「なでしこビジョン」の制定だった。「すべての人が共有できる女子サッカーのビジョンを作ろう、という提案をしました。それまでも漠然としたものや、各方面で個々に目標としていたものはありましたが、整理された具体的な目標を作りたかったのです。」
上田によれば、一番大切な、ビジョンの最初の言葉がなかなか決まらなかったと言う。「我々の夢は、『なでしこ』の名を世界に馳せること。日本の女子サッカーを世界に認知させたいのだ、ということを『世界のなでしこになる』という言葉でピタリと表現できるまで10ヶ月かかりました。」
なでしこビジョンには、「理念」のみならず、それぞれに「具体的な方針と数値目標」が掲げられている。
1.サッカーを日本女子のメジャースポーツにする。
・男女を問わず、サッカーを気軽に楽しめ、生涯かかわり続けられる環境を作る
・少女・女性もするスポーツ、そしてみんなから愛される・応援されるスポーツとして、女子サッカーの認知度を上げる
・近い将来、FIFA女子ワールドカップを日本で開催する
・2015年、女子のプレーヤーを300,000人にする
2.なでしこジャパンを世界のトップクラスにする。
・U-20/U-17ワールドカップに出場。ひとつでも多くの試合を経験し、メダルを目指す。
・ワールドカップ/オリンピックに出場し、メダルを目指す。
・2015年、FIFA女子ワールドカップで優勝する。
3.世界基準の「個」を育成する。
・なでしこジャパンにつながる、タレントの発掘・育成システムを充実させる。
・女子に携わる指導者のレベルアップを図る
また、なでしこビジョンのページを見て私が最もしびれたのは、何より、ビジョンとともに書かれている「なでしこ“らしさ”」だ。企業組織でいうところの、“バリュー”(ビジョンを実現するための人材像、人材が持つ価値観)だ。
「そして、“なでしこ”らしく…。
“なでしこ”らしい選手=日本女子サッカー選手の姿、目指す姿。
なでしこらしさとは、【ひたむき】、【芯が強い】、【明るい】、【礼儀正しい】。
なでしこらしい選手になろう!なでしこらしい選手を育てよう!」
今回、ワールドカップで活躍した選手たちは、まさしく、これらの言葉を具現化したような選手ばかりではなかったか。
短期的な成果のみを追い求めて、人材育成がなかなか進まない、組織強化どころか疲弊感が漂うと嘆く企業は多い。そのような企業は、世界一を成し遂げたなでしこビジョンの中身と精神を見直すことで、何らかの気づきを得ることがあるのではないかと思う。なでしこがやったことは、中長期的なビジョンを明確に掲げ、その中では、エリートの養成に頼るのではなく、サッカーの文化を築き、底上げを図る理念をうたっている。そして、なでしこらしさで表現しているのは、サッカーの技術や体力といった直接的な要素ではなく、心のあり様だ。