【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発:松村卓朗】:第7回なでしこジャパンに見る女子力~強さの秘訣~

今回は、別に書いていた原稿を破棄してまで、急遽、なでしこジャパンをテーマに書き残しておくことにした。書かずにはおれない。私自身、生きているうちにこんな光景を目にすることができる日が来るとは、思いもよらなかった。決勝戦では、澤選手のゴールあたりからずっと涙が溢れて止まらなかった。本当に、これまで生きてきてよかった、とさえ思った。なんてったって、ジャパンブルーのユニフォームの選手達が、金色のテープが舞う中でW杯を高々と掲げているのだ。
決勝戦は、サッカーに興味がなかった人も、とりわけ女子サッカーなど全く関心がなかった人も、かつてないほど多くの人がテレビに釘付けになったようなので、朝3時半に目覚ましをかけて観戦した人も多いだろう。産経ニュースに寄れば、日本時間7月18日未明に行われた決勝の生中継は、午前3時台の視聴率が11%以上を記録し、午前5時以降に至ってはゴールデンタイム並みの22%、瞬間最大では実に30%に上ったらしい。Twitterでは1秒間に7196ツイートという新記録が生まれたそうだ。そして、彼女達の戦いからは、多くの人達が感動や勇気や希望をもらったと思う。
なでしこがW杯で優勝してからというものは、リーダーシップ研修などで「理想のリーダーというと誰を思い浮かべるか」と問うと、受講者からほぼ間違いなく、澤穂希選手と佐々木則夫監督の名前が挙がるようになった。澤選手は、周囲を引っ張りつつ自分でも決めることができる、長い間ずっと夢をあきらめずに追いかけ続けた、困難には自ら先頭に立って向かっていく、といった姿が世間の人々の心を捉えているようだ。「苦しいときは、私の背中を見て」というのが、澤選手が大一番などでチームメイトにかける言葉だそうだ。私達は、こんなことを言える、そして言ったら周囲が奮い立つリーダーシップを発揮できているだろうか。
佐々木監督は、何といっても、決勝でPK戦になったときの態度が振るっていた。優勝がかかったあの緊迫する場面で、日本のチームの面々が組む円陣には笑顔が溢れていた。チームにリラックスしたムードをもたらしたのは、監督が笑顔でかけた言葉だった。「お前らにとってこのPK戦は….


儲けもんだな。あとは楽しんで蹴ってこいよ。」私もあの笑顔を見て、心理戦であるPK戦の勝負はあったと思った。私達は、こんな場面で笑顔を振舞えて、選手ひとりひとりに信頼を寄せて勝負を託せるリーダーになりえているだろうか。
ちなみに、なでしこジャパンで印象に残ったリーダーを私が問われたら、宮間あや選手を挙げる。彼女は昨年11月にアジア大会ではキャプテンを務め、チームは初の金メダルを獲得した。この大会の前は、選手同士が遠慮しあってなかなか自分の意見を口に出さないチームだったと聞く。中堅世代の宮間選手がキャプテンとなったことで、上の世代からも下の世代からも意見を出しやすい環境が整い、選手達同士で考えを話し合って試合を進めることができるようになったというから、W杯優勝のチーム作りのベースは、このときに出来上がったのだろう。また、とりわけ決勝戦の直後の宮間選手の立ち振る舞いには、すばらしい人間性を見た。PK戦を制して、すべての選手が日本のGKに駆け寄った瞬間、彼女は一人、アメリカの選手達の方に歩み寄って行った。そして、アメリカの選手達の手をとり、肩を抱き、互いの健闘を称えている。彼女の個人的な友人でもあるアメリカのGK(ゴールキーパー)からは、「あやは、はじめてW杯をとったのだから、私たちの前でももっと喜んでいいのよ」とまで言われたと聞く。優勝した後の宮間選手の発言からも、次に見据えるものがしっかりあって、浮ついている感が一切感じられなかった。私達は、どんなことを成し遂げた後でも、周囲を慮ることができて、次を見据えて導いていけるリーダーでいるだろうか。
さて、この大会のなでしこジャパンには、私の心を揺さぶるものが実にたくさんあった。これだけの感動を多くの人にもたらすことができたのは、単に優勝という結果をもたらしたからではない。様々な要因があったからだと思う。そのいくつかの要因は、長年男子サッカーをつぶさに見てきた私にとって、とても新鮮なものだった。ここでは、男子サッカーと比較して、新鮮で魅力的だと思った3つのことを書き記しておきたい。
1. クリーンで美しく、そして強いプレイ
まず、クリーンで美しいプレイが興味を引いた。女子選手たちは、ユニフォームを引っ張ったり、大げさにのたうち回ったり、反則を誘ったり、審判を欺くようなプレイをしないのだ。ただ単に発展途上なのかもしれない。しかし、私の仮説では、サッカーにかける純粋なひたむきさと情熱がそうさせているのだ。数千万円から何億円ももらっている男子プレイヤー達は、時に結果を残すためには手段を選んでいられないことがあるのだろう。しかしそれが、スランプに陥った選手たちが時折発する「子供のときのような気持ちを失い、サッカーがつまらなくなった」といったコメントを生んでしまうのではないか。
なでしこ達が置かれている境遇からは、よほど純粋なひたむきさと情熱がないと、サッカーを続けることすらできなかったのではないかと思わざるを得ないストーリーがたくさんあった。日本女子代表とはいえ多くがアマ選手で、昼間働いて夕方から練習に励んでいる。例えば、W杯全6試合に出場した阪口夢穂選手は、携帯電話などで使われる絶縁材料などの製造工場で働いている。朝8時半から夕方4時半まで精密製品を容器に詰める仕事をしていて、このパート勤務が生活を支えるすべてらしい。当然練習は夜にしかできない。かつて遊園地でアルバイトをしていた大野忍選手は、「台風が来てもレインコートを着て働いた。代表に選ばれると好きなサッカーに集中できるし、食事も充実している。2人部屋なんか、まったく苦にならない」と話している。彼女達は、ひたむきにサッカーができる喜びに満ちている。こうしたひたむきさや情熱は、クリーンで美しいプレイを生むに留まらず、さらにメンタリティの強さも生んでいるのだろうか。延長後半に絶対絶命の2点目を失ったとき、FW(フォワード)2人がピッチの上で交わした言葉は、「このくらいの方が面白いね。」だ。
2. サポート精神と距離感
リーダーとして急に注目されるようになった佐々木監督だが、彼が語ったエピソードで最も興味深かったのは、次の話だ。3年前に監督に就任する前に彼は、コーチを務めている。しかしコーチ就任後すぐに肉離れを起こしてしまい、練習にも参加できなくなったという。チームにとって役に立たないと思ったので、辞表も書いたという。ところが、佐々木監督(当時コーチ)のところに、「大丈夫?」と選手達が入れ替わり立ち代わりやってきては、「●●してあげようか」といろんなサポートをしてくれたと言う。男子チームではありえないことだと言っていた。本来は選手に与えるべき(と思い込んでいた)首脳陣が、逆に選手達にたくさんのものを与えてもらって支えられたという。また、怪我した佐々木監督をサポートすることを通じて、メンバーのコミュニケーションが図られ、チームも一丸となっていったという。リーダーシップとは何かと考えさせるエピソードだ。彼は、このチームを作っていくスタンスをこのときに決めたと言う。だから、おやじギャグを飛ばしまくっていたのだろうか。
私自身は、これまでの稿で述べてきたように、岡田武史前日本代表監督の考え方やチーム作りに大変共感を覚えてきたが、彼が女子の代表監督ならどうだったかと随分考えた。特に選手との距離感。例えば岡田監督は絶対に選手の結婚式には出ない。飲みにも行かない。情が入り、選手起用の判断にブレが生じる可能性があるからと言う。選手とは一定の距離を作り、人間関係ではなく、哲学と考え方で指導する。コーチから監督に就任した直後には、昨日までの呼び方だった「岡ちゃん」という呼び方を禁止した。一方、佐々木監督は「“のりお”と呼ばれていますよ」と言っていた。岡田監督がなでしこを率いたならば、少なくとも、また違ったリーダーシップの発揮が求められたのではないかと思う。
3.ソーシャルな思い
最後にもう一つ、“ソーシャルな”とでも言うべき、気高き思いを彼女たちから強く感じた。
まずは、震災後の日本に希望をもたらしたいという思い。なでしこたちは試合の後に必ず、東日本大震災からの復旧復興をサポートしてくれた世界の人々に感謝の気持ちを伝える横断幕を掲げて、グランドを一周した。優勝した後、彼女達は、「被災地の人たちに思いを届けることができた」と言い、被災地の人々からは「頑張れば何でもできるんだという勇気をもらった」と感謝の気持ちを伝えるコメントを多く聞いた。
そして、何より、なでしこ達のコメントからは異口同音に「これまで女子サッカーの歴史を築き上げてくれた人たちのおかげ」という言葉が発せられた。なんか、謙虚なのだ。元なでしこジャパン主将で、日テレ・ベレーザの野田朱美監督は、「彼女たちは女子サッカー界全体のためにプレイしている。自分のためだけ、と思っている選手はひとりもいない。それがなでしこの本当の強さ。」と語っていた。謙虚さは、大げさに言えば、社会全体や歴史を背負って立っているという認識が生んでいて、それは彼女達の強さにつながっている。
男子サッカーでは、選手から「サッカー界全体のために」といった言葉はあまり聞かない。そして、必ず、「俺が俺が」という選手がいる。
最近ビジネススクールなどでも、目指すべきリーダー像が変わってきていると聞いた。一昔前は、声も大きく、言動も目立ち、一旗あげることを目指した、いわば「俺が俺が」のリーダーが多かった。しかし最近は、そのようなリーダーの人気がないという。もっと穏やかで、謙虚で、「社会全体のために」動くリーダー像が人気を博しているという。と話しても、多くの人からピンとこないと言われてきたが、これからは、「なでしこジャパン」の選手達のようなリーダーだと言えば分かってもらえるのではないだろうか。